まずは、丸谷才一「夜明けのおやすみ」から。
ジョイスやエリオットなどのコスモポリタンな作家について。
『言葉? 音楽? 違ふ。問題はその奥にあるものだ』
「あらゆる場所において異邦人であるといふ事実は、たぶん彼の生まれながらの智慧に
助力を与えただらう。(中略)数学者の余技である『不思議の国のアリス』に賛嘆し、
親愛の念をいだきながら、しかも彼らは別れの挨拶をする。先駆者たちに心から感謝
しながら、彼らは去ってゆく。ジョイスやエリオットにとって、言葉はそのやうに
素朴に信頼できるものではなかったのである。それは、信じられないものだけれども、
しかも、なほかつ信じなければならない何ものかであつた。なぜなら、彼らは
文学者であるのだから。言葉は文学者にとつて、ただ一つの材料なのだから。」
今年の1冊目は同じく丸谷先生の「思考のレッスン」でした。
こちらもよい本でした。よい本というのは、他の本も読みたくなる本、ということです。
ジョイスやエリオットしかり、谷崎作品しかり、忠臣蔵に、大野晋さんの著書、
石川淳や吉田健一や、漱石と英文学とのつながりを示すような作品群……
加えて、上記コスモポリタン作家についての評論では、ゼーバルトの『アウステルリッツ」を
読み返したくなりました。あの作品も異邦人、放浪者(エグザイル)だったな、と。
2冊目は、鮎川哲也の作品集、名探偵・星影龍三全集1。
解説=北村薫は予想の範疇でしたが、素直にうれしい。
鮎川作品について語る北村先生の言葉は愛にあふれているのです。
そんで、なんと、装丁=京極夏彦でした〜! お三方がこんなところで揃うなんて!
豪華すぎてまぶしいゾ。
鮎川作品を読んでいると、提示される謎に純粋にわくわくするのです。
研究対象にしたいな、とちょっとよぎっちゃうくらいよ。
1月1日にラーメンズが、今まで映像のパッケージになっている全コントを
ユーチューブにアップするというニュースもとい事件が舞い込んできました。
ラーメンズ公式チャンネル
「読書対決」で初笑い。幸先のよい予感。
2月コミティアの原稿は、うまくいけば3連休で片付きそうです〜。
いつもつまずくプロット&ネームがびっくりするくらい滞りなく進んだので。

だったので、今日は会社休みました。昨日満月だったしね。ルナティック。
無事、月曜に入稿して少し自由になりました。
13日の金曜日毎に短編のミステリー小説を書こうと思い立ち。
着手します、今日から。来週の水曜までにやらなきゃいけないものもあって
また少し忙しくなりそうです。
2月ティアで出す↑は主人公男の子ですが、本歌取りみたいな内容なので
元ネタっぽい表紙になりました。女装癖のある男の子ではないです。
この仕掛けがどれだけ通じるかちょっと不安であります。
物語の中身だけでなく、作者とヒロインのモデルになった女の子のことも含むので。
…っていうことを描いているときはあまり意識していなかったのですが、
原稿やりながら読んでいた丸谷才一の「文学のレッスン」に、本歌取り、
イギリスでは「ハイジャック」というらしい手法について書かれていて、
(これだ!)と震えたのでした。「ドン・キホーテ」と騎士道物語とか、
「ユリシーズ」とオデュッセイアとかね。
物語の内容だけでなく、形式や文体のハイジャックもあるそうな。
一冊の本は単独でももちろん成立するのだけれど、加えて、先行する作品群と
ゆるやかにつながっているのって世界そのものだな、と思ったり。
会社の人に、金曜までだよと教えてもらって、その日のうちに
観てきました。オースティンのパロディーである原作小説を含め
ゲテモノかな…という先入観があったことは否定しません。
というのは、丁寧に作られたものだとすぐに分かるから。
いい意味で裏切られました。
パロディー元であるオースティンの小説は、95年のBBCドラマ
がとても忠実な映像化作品だという定評ですが、『〜ゾンビ』の
映画化に際しては、このBBCのドラマが元になっているとすぐに
分かります。小説の関係を映像化作品でも引き継いだというか。
舞台設計、小道具、台詞の言い回し(声のトーン)、カメラワーク
……極めつけは、ダーシーさんの「水もしたたるなんとやら」の
再現です。これは小説にはないものなので明らかですね。
行き場のない恋心に苛まれているダーシーさんが飛び込む池の水は
彼の恋路のごとく不透明で、率直に言うと緑の水草とか苔が浮いて
いて、世界中の視聴者を魅了するシーンのはずなのにどうしても
「え…ここに飛び込むの…」と躊躇せざるを得ない。
このアンバランスな状況が私には「笑い」なのですが、映画館で
不意打ちでやられてしまい、笑いをこらえるのに大変でした。
あ、ここリスペクトしたのね、ここね、と。
リジーの気の強さ、ダーシーの非情なまでの冷静さ、ウィカムの
本性…ゾンビと戦闘という舞台を持ってくることで、いわば、
生と死の周縁にいる状態が、人のサガをより克明にするのだな、と。
そして、「ゾンビ」は同時になぜかそこはかとない笑いを誘う…
さじ加減が絶妙です。
1週間前から着手したこと、昨日完了して、毎年のノルマ
「何か1つ新しいことをやってみる」をクリアしました。
次は、このプログラムをネクストステージまで持っていくことです。
課題は山積み。
だいたいが1週間前から着手することじゃなかったねーと4日目くらいで
気づきました。
ジェイムズ・ジョイスの『若い藝術家の肖像』を読んでいます。
幻影を追い求めている途中、彼をためらわせ、立ち止まらせたの
は、こういう虚しく響く声すべてが集っての騒々しい音であった。
彼はそれらにほんのちょっとのあいだ耳を貸したものの、実は、遠
く離れてそれらの声の聞こえぬところへ去り、一人きり、それとも
幻の友といっしょのときだけ、しあわせだった。
とか
自分の魂がたえず見ている実体のないイメージと、この現実世界で
出会うこと、それが求めていることであった。どこにそれを探せば
いいのかはわからないが、こちらからあからさまに行動をとらなく
ても、このイメージのほうから自分を訪ねて来てくれるのは、なん
となく予感めいたもののせいでわかる気がした。二人はまるで互い
に見知っているように、そして待ち合わせの約束をしていたみたい
に、ひっそりと出会うことだろう、たぶんどこかの門で、それとも
もっと人目につかぬところで。二人きりで、闇と静寂にとりかこま
れて。
というような箇所に呼応する自分の魂の所在をどこかで感じ、探
さずにはいられなくなりました。帯の謳い文句「わたしはあなたに
救済された人々です」というボルヘスの言葉どおりになりそうです。
ゼーバルトの『アウステルリッツ』を読んだときから、さまよっ
ている誰か(私かもしれないし、見知らぬ人かもしれない)のイメ
ージがずっと頭の中にあったのですが、とうとう見つけたのかもし
れません。あと、吉野朔実の『ぼくだけが〜』も思い出します。
生涯で読むことはないだろうと思っていた本に、ジョイスの『ユ
リシーズ」があるのですが、集英社で刊行しているジョイス作品群
の装丁が、特にタイトルの書体がとてもすてきで、ああ和田誠さん
はこういうお仕事もなさるんだなぁと、読むに飽き足らず(まだ読
んでないけど、そして若い〜も読了していないけど)、所有したい
願望がむくむくともたげている次第です。もちろんハードカバーで。
上記の2作品に『フィネガンズ・ウェイク』と『ダブリンの市民』
を入れて4作品、6冊。うん。
それから、ドラマ「カルテット」が面白い予感!
『毒蛇』''2017-02-03 13:13:13'
レックス・スタウトの「ネロ・ウルフ」シリーズの一冊を読みました。
凸凹具合がぴたっと合わさるようなネロとアーチーのコンビがすごくいい!
アーチーはなんとなくCV山寺宏一さんのイメージです。
2月12日のコミティアのことは、INFOのページに書いておきました。
よろしくどうぞ。
色々あって、向こう半年、諸々の予定がテトリスのように降り注ぐようです。

1ヶ月前に脱稿してかあらというものティア関係には時間が割けなくて
今更になってひいひい言いながらペーパー作っています。
何事も無事に済みますように!
コミティアありがとうございました〜!'2017-02-17 13:13:13'
作風とか絵柄とか活動場所とか、色々思うところはあるのですが、
注文していたコニック瓶が届いたので、もうちょっと漫画描かなき
ゃ……と思っとります。今ハリポタを読んでいるもので、執筆時に
鵞ペン使うのもいいなという考えがよぎるけど……。
ポッターシリーズはこれでもか!ってくらい典型的なのに、徹底
的に突き抜けているおかげでめちゃくちゃ際立っていますね。
とりすました顔の下に、茶目っ気を隠している人。
確か講談社の文庫で、英・日対訳のシリーズがあって、
カラーの挿絵だった。自分がこの本を所有している
(あるいは、いた)のか定かではないのだけれど、
メアリー・ポピンズの表紙は覚えている。
自分で持っていたかどうかというより、本屋さんの
棚に並んでいるのを手に取ったことのほうがはっきり
している。
当時のお店の様子も、棚の場所も思い浮かぶのに、
今は様相が変わって、もう二度と行けない場所。
そんなことを考えてたら、佐藤さとるさんの訃報。
先々年に末吉暁子さんが亡くなってから覚悟していたのに、
やっぱりショックでした。でも、佐藤先生が、市役所や
出版社に勤めるかたわら、彼の世界を築いていたことに
少し励まされました。

ポッターシリーズ、ようやく5巻折り返しです。
J・K・ローリングは絶対パズル好きだという確信。
ホグワーツの世界は彼女のスペル(呪文)で出来上がって
る気がします。
昔読んだときは贔屓の子っていなかったんですけれど、
今はハーマイオニーとマクゴナガル先生に肩入れしてます。
……なんてのんきなことを言っている場合じゃなく、
原稿が本当にぎりぎりだということにこの間気づきました。

書けることが何もないです。
時間は一足飛びであの時に戻るんだ、今も。
「漫勉」''2017-03-17 13:13:13'

清水玲子さんの作画風景がものすごくて。
鬼のよう、とはまさにこのこと。
吉野朔美さんの、作画ではなくて創作のヒントや好きなものを
伺いたいな、もう、書籍に残された巻末おまけや解説でしか
お話を聞けないけれど、と、この番組を見ていて毎度思います。
ドラマ「カルテット」がとてもとてもよくて。
8話がね、「まぶしいね」とか「SAJの三段活用」とか
台詞になっている氷山の、言葉にならない奥行きがね。
言葉にしないっていうのもまさにグレー、ですね。

この腰掛け方じゃぁきっと木から落ちてしまうわね。
原稿も落としてしまいそうなので、もうちょっとがんばります。。
予約投稿'2017-03-31 13:13:13'
5月の新刊(予定)は連想ゲームみたいなものです。
エッシャーの有名な絵で芯を入れました。
これがアップされているころ、原稿9割がたできているといい。…いいな。
締切、4月3日なんよ・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=uavkVd4TboU
Glasperlenspiel
このバンドの曲を丸2年くらい定期的に聴いています。
1年以上は毎日聴いていたかな。
有象無象のあやれこれやがどこかに追いやられるくらい
深く追っかけていられる音。ぜひイヤホンとかヘッドホンで。

に久しぶりに帰ってきました。
写真は11年前の秋。
河畔に住み、この公園にあった図書館に足繁く通う夢は
今となっては終えてしまったけれど、百十年前の啄木が
引き継いでくれていました。

好きな道を対岸から。7年前の3月。(7年前と6年前には愕然とした隔たりがある。)
…と感傷に浸っている余裕もなく、来週からまた別の場所におるのです。
本読みたい、絵描きたい欲求に疲労が勝る日々。ああ…。
内田百閧フ『百鬼園随筆』を読んでいます。
新潮文庫。カバー装画は芥川龍之介なり。
そして、川上弘美さんが「イヤダカラ、イヤダ」で解説
をお書きになっております。
この本は、仕事で仙台に行った夜、あの街で一番好き
な本屋さんにすべり込んで手にしたものです。一緒に川
上さんの『おめでとう』も買っていて、宿でひらいてみ
たらお二人が偶然つながっていてたいそう愉快な気分に
なりましたので印象に深い。ただ、内田百閧フ名前を最
初に知ったのは川上さんの『センセイの鞄』だったこと
をおもえば、そう因果なことでもないようですが、やは
りここは縁とでもいってみたいものです。
百鬼園先生思えらく、飛行機に乗るのもいいが、落ち
るとあぶない。(中略)抑も翼を持たない人間が、空を
翔ける事を思うのは不祥である。神の摂理をみだり、四
大の意志にさからう不逞である。尤も、それは落ちた場
合に考えればいい事で、乗れば必ず落ちるときまったわ
けでもなく……(後略)
まじめなようでとぼけていてどこか子供っぽい。
読んでいるとクセになるようで、ちくまから全集が出て
いたな…と算段し始めるわけです。
昨日、4月20日が命日でございました。
グランド・ブルテーシュ奇譚'2017-04-28 13:13:13'バルザックを初めて読みました(読んでいます)。
「…ところでメレに行かれたことはおありですか?」
「ないでしょうな」彼は自分で返事をしてから、「それ
はそれは、すてきな場所なのでして」と付け加えた。
このくだりだけで「彼」の輪郭が立ちのぼるというものです。
他にも、「彼は話の大事な局面で鼻をかんだのである!」などなど
バルザックってばキレッキレですね。
人間の愚かしい部分を描き出すには、喜劇的な手法が
なじむように思われるのはどうしてだろう。
そして、手段は小説。バルザックしかり、オースティンしかり。
この問いに答えはまだない。
明日のコミティアとその他''2017-05-05 13:13:13''ずっと読みたかったディヴィドソンの論文「墓碑銘の
すてきな乱れ」をようやく入手しました。
国立国会図書館の複写サービスの恩恵。
読んでいて思わず笑い転げてしまった部分を引用します。
マッカイは、ドネランがハンプティ・ダンプティ的な
意味の理論―「『このわしがある言葉を使うときには』
とハンプティ・ダンプティは言いました。『それはわし
がこうと選んだことだけを意味する』」―を共有してい
ると反論した。引用箇所に先立つ会話で、ハンプティ・
ダンプティは「光栄(glory)」という語を、「議論の
決着(nice knockdown argument)」の意味に用いていた。
マッカイに答えてドネランは、意図は期待(expectation)
と結びついているのであって、ある手段についてそれが
望ましい結果を導くだろう(あるいはすくなくとも導き
うる)と信じたり期待したりしなければ、その手段でも
って何かを成し遂げようと意図することなどできないの
だ、と説明している。それゆえドネランによれば、話し
手は自分の言葉を自分の意図したとおりに聞き手が解釈
してくれるだろうと信じていないかぎり、自分の発する
言葉によって何かを意味することを意図することができ
ない(グライス的循環)。ドネランは、以下のように述
べている。
もしこのマッカイへの返答を"There''s glory for you”
という文で締めくくったなら、たしかに私は尊大の誹り
と、さらに疑いなく、自分が述べてきたことの強みを過
大評価しているとの咎で非難を受けるだろう。だが、し
かるべき背景がある以上、理解不可能なことを述べてい
るとして糾弾されるとは思わない。私は理解されるだろ
う。私は、「光栄(glory)」という語で「議論の決着
(nice knockdown argument)」を意味しているのではな
いだろうか。
関係を把握するのに何度か読み返したのですが、冗談
なのか本気なのかわからない、ドネランの締めくくりの
キレが秀逸すぎ。ファンになっちゃうよ〜。ドネランと
いうお方のことは全く存じ上げないにもかかわらず。
ついでにジョイス論も複写していたのですが、そちら
を読むに先だって、どうしても「フィネガンズ・ウェイ
ク」がほしくなりまして。集英社のやつは抄訳だし、
河出文庫は2・3巻がどこも在庫切れで、神保町の三省
堂本店にかろうじて揃っているようだというサイト上の
在庫状況を頼りに、後の落胆に備えてあんまり期待しな
いで行ったら、かろうじて1冊ずつどころか面出しされ
ていて、さっすが〜! と謎の高揚感に流されました。
帰り、駅に行くまでにも鞄が重くなっておりましたとさ。
一冊でも三冊でも値段変わんないよって言われたら
三冊買うよね。大野晋と丸谷才一の対談集と村薫の
レディ・ジョーカー上下巻。
ギャンブルもグルメもその他ありとあらゆる快楽は、
根源が一つなんじゃないかと思うのですが、枝葉間では
相容れないことも多々あるのはなぜだろう。
話はちょっと戻りまして。
「フィネガンズ〜」を買った後に、ディヴィドソンの
ジョイス論を読んだら、ジョイスのこの本を原書で読み
たくなって困っております。一生の仕事だねぇ。
ところで。
明日(5月6日)のコミティア、D43bにおります。
新刊は、小説です。自称、探偵小説。
8月は暑いので欠席しますし、以降の予定は立っていな
いのですが、何か創りたい熱はあるのです。
'アラン・シリトー'2017-05-12 13:13:13'『長距離走者の孤独』を読みました。
7年くらい前に古本屋で買ったものですが、そのときのことを
今も覚えています。別に劇的な出会いをしたわけじゃなく、
店の前のワゴンに積まれていたのを通りすがりに手に取っただけ
だったのですが。旅先ではなく、日常の光景のなかで。
(あ、大抵の本はいつ頃どこで買ったか覚えていますね。
ネット通販だとその印象は全く残っていないなあ。発見。)
昭和44年の本で、活版印刷です。
古めの本を手に取ると、活版かDTPか、ついつい気になります。
活版だと妙にうれしい。
サリンジャーと同じにおいがします。が、
より直球って印象です。直球なぶん、鋭利。
長距離というタイトルにずっとだまされていましたが、
短編集でした。7年、何してたのか。はてさて。
個人的に一番は「フランキー・ブラーの没落」。
引用したいけれど、ネタばれになるのでグッと我慢。
他には「アーネストおじさん」と「漁船の絵」。
シリトーには確たる根っこがある気がします。
なんで今まで積読にしていたのだろうかというのと、
今読めて良かった、の二律背反。
しょせんこの世はアンビバレントなのさ。
長野まゆみさんが文フリにサークル参加なさるときいて
伺うつもりでしたが、神保町の本屋で本と石−鉱物−を買って
それでおしまい、なGWでした。
買った本は佐藤さとるの「だれもしらない小さな国」。
講談社文庫からも出ていますが、青い鳥文庫のがお馴染み。
そして、たしか、すでに実家にある…予感。当たるよ、これは。
『遠い山なみの光』'2017-05-19 13:13:13'
カズオ・イシグロの処女作を読みました。
全体的に薄墨のモノトーンなのは、描かれているのが
記憶のなかの世界であることと、その時代性のせいで
しょうか。
『日の名残り』は、晩秋、落ちる寸前の黄色い葉に日
没の光が当たっているという印象だったのに対して、
こちらはモノトーンの夏。たまにコントラストの高い
白黒になるのですが、そういう場面では大抵悪い予感
しかないという・・・・・・。
昔NHKでやっていた文学白熱教室を久しぶりに見直し
たら、この作品の書かれた経緯が、私が書き始めるこ
とを決めたきっかけとまるでおんなしで、追風半分、
悔しさ半分以上。
そして、カズオ・イシグロが保存した「ニッポン」
には、とっくの昔に潰えたと思っていたのにここ最近
よく目にするトアルコトもしっかり記憶されていて、
心底ゾッとしたのでした。
『猫と庄造と二人のをんな』ほか''2017-05-26 13:13:13'週に一冊のペースでは溜まってきてしまいました。
タイトルの谷崎作品を読んだのは4月末日。
8年ほど前の初読時と大分印象が変わってました。
良いところで終わってしまって拍子抜けするのは変わらずでしたけれど。
をんなの一人がリリー(猫)に対しての見解を変えるくだり、
艶めかしい心情・情愛を書かせたら彼の右に出るものはいないなぁと
読んでいて唸りました。
『スロウハイツの神様』
辻村深月さんの作品を初めて読みました。
伏線の張り方が見事! というより他なくて。
出来事のトリックだけではなくて、もっと複雑。
人の琴線で張られた伏線という感じ。
'君は二等辺三角形だったことがあるかい?'2017-06-02 13:13:13'チェスタトンの『詩人と狂人たち』を読んでいます。
新訳で。近いうちに旧の中村訳でも読みたいと胸の内に。
並行して『奇商クラブ』も。13年に復刊されたこちらは
昔の活版印刷の版をスキャンしたもののようで、読むぶん
にはもちろん支障ないのですが、活版に比べるとぼんやり
してしまっているのは否めません。が、本題は、
出版社の苦労もしのばれる、ということです。
さておき、チェスタトンの著作は、ぼんやり読んでいると
たちまち置いていかれるのは、表題の二等辺三角形からも
容易に察せられると思いますが、だからこそ、原書に手を
出したくなるというものです。もったいまわった英語であるは
日本語からも明らか!
英国の老舗版元あたりから全集が出ているのを期待したのですが
見当たらないのでおとなしくペンギンブックスを検討します。
ブラウン神父の5冊がべらぼうにかわいい……!
『黒いトランク』''2017-06-09 13:13:13'鮎川哲也先生の代表作です。たぶん。
北村薫先生経由で本邦本格派の代表格である鮎川先生を知り申したのですが
鮎川作品を最初に読んだときの「この世にはこんなにも面白いものが在るのね……」と
嘆息混じりに胸が躍ったあの感覚が、再び甦ってくるようでした。
(最初に読んだのは北村先生が編纂した短編集でした。)
謎と存分に向き合えて、機微もちゃんと掬い取られていて。
バランスがよいのでしょうね。幸福に充ち満ちた読書でした。
本編のことは、推理小説というのもあって書かないでおきますが
巻末に北村先生と有栖川先生の対談が収録されておりまして。
お二人とも鮎川先生が大好きなのが文字からでも伝わってきて
読んでいるこちらまで相好がくずれておりました。しあわせ……。
本でも何でもいいのですけれど、楽しむことができるのって
才能でもあるでしょうし、なによりしあわせなことですね。
夜と霧'2017-06-16 13:13:13'
フランクルの有名な著書。
いつか、と思っていましたが、機会は突然やってきました。
ここで必要なのは生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。そのことをわれわれは学ばねばならず、また絶望している人間に教えなければならないのである。哲学的に誇張して言えば、ここではコペルニクス的転回が問題なのであると云えよう。すなわちわれわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者として体験されるのである。人生はわれわれに毎日毎時問いを提出し、われわれはその問いに、詮索や口先ではなくて、正しい行為によって応答しなければならないのである。人生というのは結局、人生の意味の問題に正しく答えること、人生が各人に課する使命を果たすこと、日々の務めを行うことに対する責任を担うことに他ならないのである。
ここに限らず、一文一文がとてつもなく重い。
70年前の遠い国の話ではなく、いま・ここの私の話だと
何度も何度も問われている感覚を覚えるほどに。
生きているうちに読めてよかった……。
『黒死館殺人事件』''2017-06-23 13:13:13'自分でも意外なことに、再読です。
最初のページから「眩惑」の一言に尽きるのですが、
初読で一番印象的だったのは下記のとおり。よれた絨毯と惑星軌道の相関。
この本の存在を知ったのは、はやみねかおるの『名探偵夢水清志郎』シリーズ
だったのですが、作中で亜衣ちゃんが「難しい」と言っていたのには、今の私
も全力で首肯したい。小栗虫太郎、何者なの……。
以下、引用。
「貴方は、その殺害方法までもたぶん御承知のはずだ。だいたい、太陽系の内惑星軌道半径が、どうしてあの老医学者を殺したのでしょう?」
「内惑星軌道半径?!」このあまりに突飛な一言に眩惑されて、真斎は咄嗟に答える術を失ってしまった。法水は厳粛な調子で続けた。
「そうです。無論史家である貴方は、中世ウェールズを風靡したバルダス信経を御存じでしょう。あのドルイデ(九世紀レゲンスブルグの僧正魔法師)の流れを汲んだ、呪法経典の信条は何でしたろうか(宇宙にはあらゆる象徴爾漫す。しかして、その神秘的な法則と配列の妙義は、隠れたる事象を人に告げ、あるいは予め告げ知らしむ。)」
「しかし、それが」
「つまり、その分析綜合の理を云うのです。私はある憎むべき人物が、博士を殺した微妙な方法を知ると同時に、初めて、占星術や錬金術の妙味を知ることが出来ました。確か博士は、室の中央で足を扉の方に向け、心臓に突き立てた短剣の柄を固く握り締めて倒れていたのでしたね。しかし、入り口の扉を中心にして、水星と金星の軌道半径を描くと、その中では、他殺のあらゆる証跡が消えてしまうのです。」
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打つのに苦労しました(笑)
'久しぶりに''2017-06-30 13:13:13'
絵を描きました。色と遊ぶのは楽しい、たのしい。
ついうっかり「吉野朔実は本が大好き」を読んでしまいました。
読んでも読んでも読み終わらない幸せ。3日かかりました。
本のチョイスには外れがない吉野朔実が書いた「本」のエッセイ本。
しかも500ページ越え。
次の展開は書かずもがな、ですね。
手始めにローレンス・ブロックの「おかしなことを聞くね」を。
カズオ・イシグロ。数作読んでいましたが、他にも手を出したい。
ポール・オースター。以前新聞の書評で気になってはいましたが読まずじまいでした。
が! 吉野朔実がここまで推してくるのであれば、次の休日に本屋なり図書館なりに
駆け込もうじゃないの!
'シャーロック S4!'2017-07-07 13:13:13'

いよいよ明日からNHKのBSプレミアムで放送ですね。
楽しみすぎて、S1から見返しています。
まぁ、引越ししてBSが映らない(地上波もあやしい)環境になったので、
オンデマンドを待つしかないのですが。たのしみです。

を観ながら描きました。
ラビニア嬢の、緑の瞳にあわせたドレスがすてき。アラビアンナイト風のやつ。
人物造形がイギリスらしいですね。
ヒューズさん、アンナ、そしておばあさまが好きです。
今月の100分de名著がオースティンの高慢と偏見だそうで。
番組紹介の文面からオースティンを権威付けするようないやな予感がしたので私は見ませんが、
みんなBBCドラマ版に移行してダーシーさんに悶えるといいよ

亀が池のふちで甲羅干ししてました。
近くを通ったらポチャンと池に潜って行ってしまって
申し訳ないことをしました。
鴨が水に浮かびながら寝ているのも邪魔してしまった。
5月から放置していた「レディ・ジョーカー」を再開し、
ようやく乗ってきたところです。
職場ではエーコの「薔薇の名前」を読んでいます。
今まで彼の評論や対談、文学についての論文しか
読んだことなくて、エーコが書く小説って想像できない……と
躊躇していたのですが、ものの数ページで
(これは彼にしか描けないわ…)という結論が出ました。
読んでいて、好奇心に満ちた彼の瞳がいたずらっぽく
きらめいているのが目に浮かびます。
本好きにはたまらないぜ・・・。

しました。
乗りはじめてからは一気にのめりこんでしまって、
寝食惜しんで活字を追っておりました。
2段組で900ページ弱。
長閑な描写はほとんどなくて、情報量の多いこと多いこと。
95年という時代を俯瞰しつつ駆け抜けるような錯覚と、
登場人物の心情を追うようにして最後には「もう、いい」と虚脱感に襲われる
瞬間があって、カタルシスとは別物の、なのに似たような読後でした。
最初から、これは登場人物の誰にも肩入れしてはいけない本だ、という
本能からの警告があったので距離をとりつつ、それでも書き手の力で
常に彼らの5歩後ろから場面を眺めている感覚でした。
そしてうっかり、
5年前には爬虫類みたいな目をしていたのに、
夕方の駅前で自転車に乗って、買い物袋から大根だったか長ネギをのぞかせて
バイオリンケースを持っている合田刑事に見事に心を持っていかれました。
彼が学生時代に読んだ本を再読する場面で、思わずタイトルをメモしてしまったのは
当然の摂理といえましょう。
堅い目をして愛想のない30代が 、一方でドストエフスキーを愛読し、
白いスニーカーを愛用していて笑うと白い歯がこぼれる…って反則です。よね?

あおい色と戯れるのはいつもたのしい。
「四人の申し分なき重罪人」をなめるように通読した後、
今はチェスタトンの著作集を読んでいます。
チェスタトンの筆舌はエッセイや評論で鋭さの頂に達すると思うです。
当世、苦悩が重厚なものとしてみなされる風潮に対して、
「もし本当に苦痛がただの一瞬たりとも人生最重要の要素であったとしたら、
翌朝には人間全部が梁で首を吊っているということになるはずだろう。」
時代も国も文化も違うのに、彼の著作を読むだけで
「この人は信用できる」という確信に至ります。

チェスタトンについては来週話すことにして、
今は、職場への移動中に稲垣足穂を読んでいます。
足穂に初めて出会ったのは8つの頃で、その時の印象そのままに保てている。
足穂の世界の安定感たるや・・・!
ウテナを久しぶりに観ていますが、面白いほどに忘れていました。
なんでこんなに弾けている回を忘れていられたんだ!?って思うことを忘れて
画面に見入ってます。
いまちょうど、いっとう好きな黒薔薇編に入ったところです。

ボルヘスが編纂した叢書。全30冊。
左が箱で、右が本体。
その第一巻がチェスタトンなのです!
世界各国でこの装丁の叢書が出版されたそうですが、
30冊並んだところはさぞや壮観の至りでしょう。

強制的に原稿しなきゃならんので、(もう日がない)
空き部屋に机と椅子だけ移したらなんだかいい感じになりました。
これで書けるようになりたい・・・。
集中できる環境を整えるのには苦労します。
『新解さんの謎』を読んでいたら、個数の数え方で百關謳カの話に波及して
いて、久し(3か月)ぶりに読みたくなってしまい……
後は推して知るべし、ですね。
『御馳走帖』と、漱石&芥川についての随筆をまとめたもの(『私の漱石と
龍之介』)の二冊を交互に読んでいます。
絶版らしくて読みたい気持ちが宙ぶらりんになっていた『続百鬼園随筆』を
古本屋で買い求め、今は、ちくま文庫の全集がやっぱりほしいなぁ…と何度目
かの波に漂っているところです。
ちくまのは装画が洒落ているのですが、半分くらい「在庫なし」なのです。
かなしい。
'金曜だった女''2017-09-01 13:13:13'
11月のティア、サークル参加費の振込みはしました。
サークルカット描きそびれそうな予感がします。あと一週間!
Futuraという有名なフォントを買ったら、文字入れしたい病。
サークルカット''2017-09-08 13:13:13'
描きました。これは絶対毒りんごよね…。
年々コミティアはサークル参加数が増えていて、受かるかどうか分かりませんが
とりあえず原稿しなくちゃ。締め切りまであと2ヶ月もないようです。

'唐突に原稿中''2017-09-22 13:13:13'

です。
9月30日締め切りのものを9月10日に知り、
18日に「よし、描こう」と思い立ちました。(OBAKA)

かわいいでしょう? ペンギンクラシックのブラウン神父シリーズ。
いつまで在庫あるかわからなかったのでつい買ってしまいました。
日本で1973年頃から出版された著作集もほしいなぁ。10冊揃。
何冊かは新装版で出ているけれども、活版印刷な10冊でそろえたいのだ。
突発的に急いでマンガを描き終えました。
大丈夫なのかしら、コミティアは?
今年2回目の13日の金曜日も原稿の修羅場で迎えそうです。

'イメージ''2017-10-06 13:13:13'

ビンの中身は何でしょう?
カズオ・イシグロさんの文学賞受賞に驚きました。
以前に放送された「文学白熱教室」という番組がいっとう好きで
これは嬉しい驚きです。

まだまだ描かなきゃだよ。
ティア新刊の表紙を描くためにリンゴを買いました。
裏はリンゴの断面図の予定です。
生のリンゴの食感がダメで、食べられないし皮を剥くこともできないのですが。
どうするんだろう…?
そんなこんなでせっかくの13日の金曜日ですが、
今回も原稿に追われ、無念です。

脱稿しました。
1ヶ月前に自分が描いたものを見返して、睡眠中に咀嚼して、
ああ、これはこう繋がっているんだな、と初めて分かりました(一部分だけ)。
自分が何を描いたか把握できることってほとんどないですね。
原稿中に見ていた
Fateシリーズのstay night unlimited blade worksがとてもドストでした。
カラマーゾフのイワンとアリョーシャ。
すごいね。
ついでに、プリンセスプリンシパルも外見からは予想できない面白さでした。
なにこれすっごーい。
寸暇を惜しんでウッドハウスの「ジーヴス」ものを読んでいます。
ちゃらんぽらんな有閑貴族の主人と万能有能な執事のコンビ!
ありきたりに思われるかもしれませんが、主人のバーティーがいいキャラしているので
すごくバランスがいいです。色あせない。そして英国の黒い笑い。
「シャツのことだが、僕の注文した藤紫色のはもう届いたかな」
「はい。ご主人様。わたくしが送り返しましてございます」
「送り返した?」
「はい。ご主人様にはお似合いでございません」
開始2ページ目でこれですからね。
作中、随所にシェイクスピアやテニソンほか名だたる詩人の詩、聖書からの引用がちりばめられているのですが、
気負わず、取り澄まさず、しかも元のニュアンスを笑いにかえて…っていう技法がさすがの英国でした。
これが読者にも通じる、今も世間に受けいれられているって、英国がうらやましすぎません?
そういうわけで寸暇を惜しんでいるのでこの辺で失礼!
'こういうサーチエンジンがあったそうな''2017-11-03 13:13:13''

助けてジーヴス! って泣きついたら
「お呼びでしょうか、ご主人様」つって、にゅっと音もなく姿を現すの。
なぜか急に思い立って東京創元社の「日本探偵小説全集」の小栗虫太郎集を。
「黒死館殺人事件」が読みたくなって。
この全集、背表紙がお人形の一枚絵になっていて、本屋での一揃いは圧巻でした。
同じ棚にあった江戸川乱歩集もしかりで、そこだけ空気が違う…。(近寄りがたい。)
小栗の6巻は、お人形の顔の左半分に当たっていて、もし、夢野久作が4巻ではなくて5巻だったら…と。
小栗の巻は解説を塔晶夫が書いているのでなおさらそういうIFを考えてしまいました。(3大奇書)
死ぬまでに全巻揃えたいな〜。手持ちはほかに10巻の安吾だけなので。
以下、再々読で発見した驚き。
・法水麟太郎が前捜査局長で、今は刑事弁護士だった。
ずっと、ホームズ的な私立探偵で、警察に疎まれながらも事件に首を突っ込む人だと思ってた。
そうだよね、最初の場面から刑事さんが事件の話を持ち込んでいたよね。
法水のペダントリックなぶっ飛んだ話に振り回されている警察関係者、という図に騙されていました。
でも、社会的立場がどうであれ、第一印象「この本で一番怖いのは法水」に変わりはない。
・爆笑する法水。
・法水の話が長すぎて、「背中に陽を受けている二人の間には、ぽかぽかした雲のような眠気が
流れ始めた。」ぽかぽか…。
シリーズ5冊全部出してくれているって点で、東京創元文庫版のブラウン神父が
一番の贔屓に変わりはないのですが、早川文庫の「無垢なる事件簿」も読んでみました。
結果。訳文でこんなに作品の印象が変わるのか!
分かっていたつもりで全然でした。
創元の中村保男訳は、いい意味でゴシックロマン。
チェスタトンの大胆で鮮やかな色彩の風景によく合っています。
ただ、時代がいつ頃なのかわかりにくい。
しゃれこうべにろうそくかと思えばエレベーターと新興宗教が出てきたりで
結構混乱していたんですね。
方や田口俊樹訳の早川文庫版は、そうですね、
大人向けロアルド・ダール作品を訳している方の手によるものです。
口調が砕けていて(ブラウン神父ではなくて相棒のフランボーの方だけね、
神父の口調まで砕けてしまったら、私の心は砕けていたでしょう)、
読んでいて「あ、これは1920年くらいかしら、ロンドンの活気が見えるようだし、
ビルディングにエレベーターね、ふんふん」とつっかえずに読めるのですね。
日本語として整理されていて、そして一貫している。うまいなあと思います。
ただし、おとぎの国の力はもうないけれど。
どちらが良いとか悪いではなくて、大事だし、とても難しいねって話でした。
早川文庫版の2人のシルエットには滾ります。あれは良いものだ。
ついでに。23日のコミティア、U-34bですって。
ノスタルジア''2017-11-17 13:13:13'
タルコフスキーの映画です。久しぶりに観ました。
印象的な場面ばかりなのですが、その中から一枚。
映像と言葉と音を、そして時間を、
自分の中のいろいろなものと織りこんでいくような映画を彼は残してくれました。
『語るボルヘス』を読みました。
講演録なのですが、書物・不死性・時間というテーマ陣の中に「探偵小説」が入っているの、
端的に言うと最高ですね。ボルヘスの編纂した「バベルの図書館」に、ポーやチェスタトンが
入っていることからしてボルヘスの探偵小説好きは明らかだったのですが、うれしい予想外でした。
「時間の問題はわれわれの問題なのです。私とはいったい何者なのでしょう?
いずれそれを知る時が来るでしょう。ひょっとすると来ないかもしれません。
それまでの間、私の魂はそれを知りたいと思って熱く燃えています。」
探偵小説抜きにしても、彼との語らいは世界の広がりを感じさせてくれます。
23日のコミティア、スペースはU-34bです。よろしくどうぞ。
新刊はこんな感じ↓です。30p200円なり。


今回は開場から45分で店をたたみましたが、場の雰囲気は満喫しました。
TOP絵とサイトオープン時に描いた↓の絵にはモデルにした喫茶店があったのですが、
今月10日に閉店していたことを知りました。。お店の名前も、内装も、店主さんも、
もちろん可否(珈琲)も全部全部素敵で、レコードの音楽とマダムのkaffeeklatschenをBGMに
本を読むのが好きでした。

'薔薇の名前''2017-12-01 13:13:13'

映画を見ました。ショーン・コネリー演じるウィリアムに
もう少し茶目っ気が欲しかったです。
突発的に革の端切れを買って、気づいたらポメラケースとブックカバーを
つくっていました。お恥ずかしい出来ですので公開はしませんが。
縫う素材によって運針が変わるのは興味深いですね。
革は糸の両端に針をつけて二針使いで縫うんだそうです。
糸の付け方も初めて知った方法でした。縒っている糸を少しほぐして
間に針を入れて…ぐいと引っ張る。図で説明されるとなんとなく
つかめるのですが、言葉でやろうとすると難しいです(放棄)。

ボルヘス編纂、「バベルの図書館」全30巻。装丁を眺めるだけでも楽しい…!

それから、チェスタトン著作集全10巻。正直言って内容はかなり咀嚼しないとならないのですが、
一生かけて読みます。

白(手帳カバー)→黒(作り直したポメラケース)→茶(ノートカバー)
→茶(筆箱)の順に。写真には載せてませんが、キットでブックカバーも。
白黒の時点では菱目打ちがなかったので縫い目がバラバラですね。
まあ、使う糸を変えるだけで大分出来映えが違ってくるのにはびっくりします。
白は蝋引きしていないただの麻糸で縫いました。辛かった…。
オレンジ色の糸は、「ビニモ」です。すごく縫いやすいし見目も良し。
取り扱いやすいし、色も太さも揃っている万能さんです。
これで一通り手芸熱は治まったので、また普段に戻ります。
内田樹の「街場の読書論」を読了しました。
すぐれた文学作品は同時代の辞書には存在しない語彙にリアリティを与え、
誰も知らなかった概念の意味を理解させる。読者を彼らが閉じ込められている
思考と感性の閉域から連れ出し、「異界を見せる」。
人々が安住している世界に亀裂を開け、見たことも聞いたこともないものが
そこから吹き込んでくる。それは恐怖や不安の経験でもあるし、同時に
解放と愉悦の経験でもある。
それを可能にするのが「文学」や「思想書」の力である。
これからゆっくりと春に向かっていくんだね。
2月下旬の、雪解けのしずくが陽の光に反射している光景を
思い浮かべるだけで、生きていけそうです。
今年はジェーン・オースティン没後200年なので
(イギリスでは紙幣の顔になったり結構大々的、だと思う)
「説きふせられて」を読みました。10年ぶりの再読です。
「アンは若い頃分別を強いられ、年をとるにつれてロマンスを学んだ」
という一文は、オースティンの作品全体にも言えるんじゃないかというくらい、
この彼女の最後の作品は、ときめきに満ちていました。
ぜんたい、「説きふせられて」は、落ち着いていてしみじみとした情緒云々と
評されているのですが、どうしてどうして決定的なことは何も起こらないのに
心臓が波打つのを自覚しながら読み続けているって状態でした。
今年の初めに読んでいた丸谷才一の「文章読本」が途中だったので、
思い切って買いました。
ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」と「若い小説家の告白」を図書館で借り、
「〜告白」は小説の手法本と思いきや、プラス記号論とか色々で引き込まれるし
ホーソーンの「人面の大岩」(バベルの図書館3巻)は、2ページ目でピンと来るくらい
面白い予感がするし、チェスタトンの「ブラウン神父の醜聞」も同上だしで、
かなり師走状態です。時間と集中力が欲しいですね。

コースターとして使っているレースのドイリーに珈琲をこぼしまして。
何度目か知れないので変色の具合が気になり、新調しようかな、と。
で、偶然ネットで、「タティングレース」という編み方のようだと知り
仕事帰りに手芸店でタティングのシャトルと教本を買ったのが先週の金曜日。
編み方を理解できなくてかぎ針編みに逃げたのが翌土曜日。
逃避の結果出来上がったのが上の写真です。
なし崩しに編み物再熱で、フェリシモ・クチュリエのコースを申し込みました。
タティングもマスターしたくて練習中です。
……暇潰しではなくて、ストレス発散の発露なのでしょう。
昨年の下半期頃からつけている読書記録によると、
今年もよい本にたくさん巡り逢えました。
丸谷才一、鮎川哲也、内田百閨Aディヴィドソン、村薫、
チェスタトン、ウッドハウス、フランクル、ホーソーン、ボルヘス
年末年始の休暇はエーコの「薔薇の名前」を読む予定です。
それでは良いお年を。